53年の長きにわたりご支援ありがとうございました。
勝田高校は令和7年度を最後に、勝田中等教育学校に改編されます。
53年の長きにわたり、ご支援をありがとうございました
茨城県立勝田高等学校は、今から五十年前の昭和四十八年に、ここ足崎の地に産声をあげ
ました。今は那珂湊市と合併してひたちなか市となりましたが、合併前の勝田市は、日製
の工場や関連企業、研究機関、自衛隊など茨城県を支える多くの産業を抱え、水戸市・日
立市・土浦市に続く有力都市として、人口が急増しておりました。にもかかわらず、勝田
市内には高専と勝田工業高校しかなく、普通科を希望する高校生は、水戸市や日立市など
の市外へ通学するしかありませんでした。そのため、「勝田市に県立普通科高校を」とい
う市民の熱い願いにより、昭和四十七年に勝田市議会が県に陳情をして、勝田高校が誘致
されました。
しかし当時、今はグランドとなっている校庭は、一面田んぼが広がる湿地帯で、校舎を建
てる前に、まずは自衛隊の方々による機械を使っての埋め立て工事から始まったと聞いて
おります。やっと校舎は完成したものの体育館がなかったため、第一回入学式は、勝田工
業高校の体育館を借りて行われました。
初代校長であり、本校の校歌の作詞もされた田口五郎先生は、急速に発展し近代的な街づ
くりが進みつつあった勝田市にふさわしく、また市民の期待にそうことができる学校とは
どんな学校だろうか、と職員とともに一生懸命考えました。そしてできたのが勝田高校の
校訓です。「生命の尊さを自ら体得し、心身をいとおしんでその育成に努め、隣人(とも
)と協力して明日の郷土を拓こう」この言葉には、「未来に向かって努力と協力を重ねる
中で真の友が生まれる」という当時の先生方の信念がこめられています。そして、この校
訓の精神は、勝田中等教育学校の校訓「創造・協働・挑戦」にそのまま引き継がれている
のです。
さてそれから五十三年、勝田高校は「昭和」「平成」「令和」という三つの時代にわたり、
この校訓に導かれて、ここひたちなか市の発展を支える人材を輩出してきました。勝田
高等学校の校章は、ひたちなか市の木であるイチョウをデザインしておりますが、イチョ
ウは生命力旺盛にして、悪条件にも耐え、樹齢数百年を誇る大高木へと生長します。創立
から半世紀を経て、一万人を超える卒業生を世に送り出してきた勝田高等学校は、今イチ
ョウのように新天地でたくましく生長し、樹齢五十三年を迎える大木となりました。現在
、ひたちなか市役所・茨城県警を始めとする県内の官公庁では、約百人もの勝田高校の卒
業生が活躍しており、その人数は他校出身者を圧倒して最大となっております。ひたちな
か市の発展の中枢を担い、郷土を支える人材を輩出してきたことは、勝田高等学校の誇り
とするところです。
そしてその大木のいちょうに、五年前「勝田中等教育学校」という新たな接ぎ木がされま
した。その若い枝葉は、日本を越えて世界にまで届かんと成長をし続けています。
勝田中等教育学校は、勝田高等学校が築いてきた歴史と伝統、そして卒業生の人脈という
揺るぎない財産を継承しつつ、全国でも約60校、茨城県では三校しかない公立の中等教
育学校の一つとして、勝田高校の歴史をさらに輝かしくグローバルに塗り替えていくこと
を期待されています。勝田中等の教育目標である「グローバルな視野と起業家精神を兼ね
備え、地域と世界をつないで地域創生に貢献できるグローカルリーダー」の育成は、勝田
高校の初代校長の田口先生が考えた「隣人(とも)と協力して明日の郷土を拓こう」とい
う校訓の精神を受け継いだものであり、中等教育学校となっても、地域に愛され、地域に
貢献できる人材を育てる学校としての伝統を守っていくことをここに宣言いたします。
(勝田高校 継承式 式辞より)
卒業証明書・成績証明書・調査書等の発行手続きについては、勝田中等教育学校事務室にお尋ねください。
勝田中等教育学校事務室 029-273-7411
(茨城県ひたちなか市足崎1458)